研 究 Research

1)プレリーハタネズミを用いた雌雄の絆形成に与えるストレスの影響

 

 自然災害、事故や戦争といった生命の存続に関わるような危険な体験(トラウマ)を経験した人のうち、数十 %の人が心的外傷性ストレス障害(Post traumatic stress disorder, PTSD)を発症すると言われています。PTSDの主な症状は、トラウマ体験を繰り返し思い出してしまい(再体験)、体験を思い出させるような状況や場面を避けるようになります(回避)。また、不眠やイライラなどの覚醒亢進といった症状が知られていますが、こうした中核症状の他にも親しかったパートナーとの離別や離婚などの対人関係の悪化・障害がみられることがあります。

 近年、PTSD患者さんの脳の画像解析や動物モデルでの解析から、扁桃体、海馬、腹内側前頭前皮質(vmPFC)背側前帯状皮質(dACC)視床下部腹側被蓋野(VTA)といった脳領域がPTSDの発症に関係していることが明らかになりつつありますが(図1)、詳細な神経科学的な基盤については不明な点が多くあります。

 我々はプレリーハタネズミというマウス位の大きさの齧歯類をモデルにして、PTSDによって生じる社会行動の異常の神経基盤を解析しています。プレリーハタネズミは一度つがいを形成したオスとメスは生涯をパートナーとして生活する一夫一婦制(pair bond)を示します。また、オスや先に生まれた兄弟達も子供を巣に連れて帰ったりする育児行動を示したり、同腹仔同士では繁殖活動を行わないなど、非常に社会性に富んだ生活様式を示します。アメリカの研究者達が中心となって、視床下部から前頭前皮質(PFC)扁桃体、側坐核へのオキシトシンニューロンの作用や扁桃体から中隔野および腹側淡蒼球へのバソプレッシンニューロンの働き、腹側被蓋野(VTA)から前頭前皮質(PFC)や側坐核へのドパミンニューロンの作用がプレリーハタネズミのpair bondingに重要であることが明らかにされています(図1)。さらに、前頭前皮質、腹内側前頭前皮質、背側前帯状皮質の3領域は社会性情動ループを形成しています。

図1)PTSDとpair bondingに関わる脳領域

PTSD発症には扁桃体(Amy)、海馬、内側前頭前野(mPFC)、背側前帯状回(dACC)、視床下部(Hyp)、腹側被蓋野(VTA)などの脳領域が関わっている。プレリーハタネズミのpair bondingには、扁桃体から外側中隔(LS)や腹側淡蒼球(VP)へのバソプレッシンの作用、視床下部から扁桃体、前頭前皮質(PFC)、側坐核(NAcc)へのオキシトシンの作用、及び腹側被蓋野(VTA)から側坐核と前頭前皮質へのドパミンの作用が必要とされる。図中の赤字で示した領域がPTSDとpair bondingの両者に共通して重要とされる脳領域.

 上記に赤字で示したようにPTSDとpair bondingに関わる脳領域の多くが共通しており、PTSDによってこれらの脳領域の活動が障害されることで社会行動が変化するのではないかとの仮説を抱くようになりました。そこで、ラットにPTSD様の変化を引き起こすとされるsingle prolonged stress(SPS)処理をプレリーハタネズミに施してpair bondingに及ぼす影響を検討しました。オスのプレリーハタネズミにSPS処置を行った後、メスと2週間同居させましたが、SPS処置を受けたオスのプレリーハタネズミは、パートナーのメス個体に嗜好性を示さず、pair bondingが阻害されたことが明らかになりました(図2)。これは薬剤の投与や脳領域の破壊実験を行わずに環境条件のみでpair bondingを抑制した初めての事例です。現在、上記にあげた脳領域や視床下部の神経ペプチドに着目して、SPSによるpair bonding抑制の神経機構について解析を行っているところです。

図2)SPS処理によるpair bondingの阻害

左)Partner preference test.被験ハタネスミにパートナーとストレンジャーのメスハタネズミを3時間提示し、それぞれに対して示した親和行動の時間を測定した.右)未処理群はストレンジャーよりパートナーに対して有意に長い時間親和行動を示したが、SPS処理群では両者に対する親和性の時間に差は認められなかった.

2)遺伝子操作マウスを用いた脳内プロテアーゼによる社会行動の制御機構

 

 1990年代に線溶系プロテアーゼの一種である組織プラスミノーゲンアクチベータ (tPA)が学習や興奮性神経細胞死に重要であることが報告されて以来、トロンビンやプラスミンといった凝固・線溶系のセリンプロテアーゼの脳内での機能について注目が集められるようになりました。我々の研究室では脳内に存在するセリンプロテアーゼを探索して、motopsin(neurotrypsin, PRSS12とも呼ばれる)と名付けた新たなプロテアーゼを見出しました(Yamamura et al., 1997)。MotopsinはtPAのようにprotease domainの他にsignal sequence, proline-rich domain, kringle domain, SRCR domainといった構造を持つ分泌型のマルチドメインプロテアーゼで、神経細胞から分泌されます。Motopsinの 発現はマウスでは胎生期に始まり生後2週目位までの脳の発達期に海馬や大脳皮質、脊髄運動ニューロン等で高い発現が見られますが、その後暫減しながらも生涯発現が続きます(Iijima et al., 1999, Mitsui et al., 2007)。こうした発現動態から認知機能の獲得等への関与が示唆されていましたが、2002年にフランスのグループから重度な遺伝性知的発達障害の家系でmotopsin遺伝子の4 bpの欠損が報告されて以来(Morinari et al., 2002)、motopsinの機能不全は知的発達障害(intellectual disability, mental retardation)の原因になると考えられています。

Motopsinの培養神経細胞における局在.

緑,motopsin;赤,MAP-2;青,DAPI.

我々はmotopsinの欠損が引き起こす異常の神経基盤を明らかにする目的で、motopsinを欠損するマウスの作製・解析を行いました。ヒトの場合と異なり、motopsin欠損マウスには学習障害は認められませんでしたが、他のマウスに対して野生型マウスより長い間興味を示すことが明らかになりました( 図3)。野生型マウスでは他のマウスと接触すると海馬の神経細胞が活性化されますが、motopsin欠損マウスではほとんど活性化が見られませんでした( 図4)。また、motopsin欠損マウスの海馬神経細胞の基底樹状突起ではシナプス密度が低下していることも明らかになりました(Mitsui et al., 2009)。

図3)Motopsin欠損マウスの社会行動の異常

左)Social recognition test.被験マウスに既知マウス(familiar mouse)と見知らぬマウス(unfamiliar mouse)を10分間提示し、それぞれに対する嗅ぎ行動の時間を測定した.右)野生型マウス(WT)もmotopsin欠損マウス(KO)とも既知マウスより未知マウスに有意に長く興味(嗅ぎ行動)を示すが、motopsin欠損マウスは野生型マウスより長時間既知マウスにも興味を示した.

スイスのグループはneurotrypsin (motopsin)が神経活動依存的に細胞外マトリックスの一種であるagrinを切断することにより、シナプス形成を誘導することを報告しています(Matsumoto-Miyai et al., 2009)。我々はmotopsinのドメイン構造に着目し、樹状突起の形態を制御しているsez-6という蛋白質にmotopsinが結合することを見出し(Mitsui et al., 2013)、sez-6蛋白質の脳内での局在を明らかにしました(Osaki et al., 2011)。現在これらの分子の相互作用や神経細胞の形態形成に及ぼす影響について検討を行っているところです。

図4)Motopsin欠損マウス海馬神経細胞の社会的刺激に対する応答性の低下

上)被験マウスと刺激マウスを離乳後2週間以上同じケージで飼育した.刺激マウスをケージから取り除き、10分間被験マウスに提示し、100分後に脳を摘出して海馬神経細胞の反応を検討した.下左)神経細胞の応答をリン酸化CREBの免疫染色によって検出した.下右)Motopsin欠損マウス(KO)では野生型マウスに比べて著しく海馬神経細胞のCREBのリン酸化が低下していた.

Motopsin以外にもtPA欠損マウスの社会行動について解析を行ったところ、tPA欠損マウスでは他のマウスがいないチャンバーでの歩行量が増大し、そこに置かれている空のケージに野生型マウスより頻回に近づくことが明らかになりました( 図5,Nakamura et al., 2015)。他のマウスの接触後にtPA欠損マウスの帯状皮質や前辺縁皮質での神経細胞の活動が野生型マウスに比して亢進していることも見出しました。

図5)tPA欠損マウスの社会的行動の異常

左)Sociability test.被験マウスに刺激マウスが入ったケージ(Mouse)と空のケージ(Empty)をを10分間提示し、それぞれに対する嗅ぎ行動の回数を測定した.右)tPAを持つマウス(Het)は空ケージより刺激マウスに有意に頻回に興味を示したが、tPA欠損マウスは刺激マウスを入れたケージと同じくらい空ケージにも興味を示した.

Motopsin欠損マウスやtPA欠損マウスの解析から、脳内のプロテアーゼが社会行動を制御していることが明らかに成り、今後、その神経機構を解析していきたいと思っています。

 

群馬大学大学院保健学研究科

リハビリテーション学講座

三井研究室

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